カテゴリー「パソコン・インターネット」の6件の記事

2008/01/12

パソコンと私-6


【9450からパソコンへ】


   どうも更新が疎かになってしまうなぁ。

 2007年9月から今の会社のシステム担当になってしまった。
自分の過去の経験やスキルだけでやって行けるか多少の心配は
あるけど、まっ頑張りましょ!
このカテゴリーでのネタも増えそうです。

 1980年代後半になってWindowsが登場し始めました。
私が最初に触れたのはWindows3.0。
パソコンにはCD-ROMドライブなどありませんでしたから
インストールはフロッピーディスクです。何枚あったんだろ?
とにかく多かったですね。
1990年代に入ってWindows3.1が発売されたので、これも試しま
した。しかし、何れもビジネスシーンでは使えませんでしたね。

そうこうしている内にWindows95が発売されたので、これは
使えそうだと早速導入。
この頃からでしょうね。ビジネスでもWindowsが使えるという
感触を得たのは・・・。それとインターネットですね。
この頃からパソコンの価格もスペックの割には安価になり
個人のパソコン復旧率が高くなって行きましたね。

 以前の会社でも1996年頃からWindows95を本格的に導入し
基幹のアプリケーションもWindowsベースでの開発を始め
現場でも使用し始めました。だけれど重たかったですね。
何となく「安定したな」って感じるようになったのは
Windows98からでしょうね。

 Windows98が広まりインターネットもかなり復旧し始めま
したが、この頃には「一生サラリーマンはやらん!」って公言
し会社を退職。一匹狼でWebやパソコンサポートの仕事を始め
てましたね。特にインターネットはアナログやISDNでの接続
ではありましたが一般家庭での利用が増え、私も色んな家庭に
伺って接続の設定やインストラクションをやりました。
楽しかったですね。この頃は・・・。

次は、この頃のことを書きますね。

このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/14

パソコンと私-5


【EPOACEとのお別れ?】


   このカテゴリーも久々の更新である。
中途半端じゃぁ何だから続きを書きましょ。

 当時EPOACEを駆使して作ったのは部品の受注や売上処理と
伝票発行。それに在庫管理なんかも作ったね。
あぁ、あと歩留まりのいい板取や重量計算とかもね。データ
分析も当然行いました。

しかし、作成したプログラムがやっと起動に乗ったなぁって
頃に転勤。販売部隊へである。
そして営業だって言うからプログラムなんていじってられな
いっ!淋しい・・・。が、である。サッパリ営業に出ないの
であった。どういうこと?
先輩に付いて2~3度はお客さんとこへ行ったかな。
あと、たまたま電話に出たがために一人で営業にも行った。
うん確かに行きましたなぁ。だけれど、これだけである。

そうこうしている内に営業から外された。いや成績が悪かっ
たわけでも営業に向いてなかったわけでも無い!
言い訳じゃぁないよ。
あまり、営業に出ることも無く暇だったんでちょいと営業
実績の分析なんぞをEPOACEでやってた訳。
そしたら、役員が「君は工場でプログラム作ってたんか?凄
いな。よっしゃ、お前にはその方が向いとるがな。社長に
話したる」だってさ。
んで3ヶ月位経ってから新しいセクションが出来た。
そして転属。企画管理ってセクションだったかな?
部長、課長がそれぞれ一人。それと女子が一人。そして私。
仕事は販社内のEPOACEで処理されたデータを使っての分析。
勿論、プログラムの調子が悪ければサポートや修正も
したね。
分析だけではなく、販社の予算管理
もやりました。
それと、10数拠点ある支店や営業所から来た予算案を
まとめたりとかもしましたね。
1年半位はEPOACEにどっぷり浸かっちゃいましたね

 丁度そのころEPSONのPC-286Vが工場本体より送られて
きてね。ソフトも一緒にね。
ワープロは一太郎Ver.3.0、表計算はLotus1-2-3のR2.?だっ
たかな。勿論、システムもデータもフロッピーディスク
ですよ。「カシャカシャ」なんて音を立てながらプログラ
ムを読み、データを書き込む。う~ん素晴らしい!
EPOACEである程度集約したデータをプリントアウトして、
それを1-2-3に入力する。グラフも作る。
だけれど、この後が大変。
何が大変かというと、今のWindowsの世界のように文書は
ワード、データはEXCELで作って、それを相互に貼り付け
るなんてことが出来なかったんですね。この頃は。
資料づくりは、こんな感じ
説明文は一太郎で作成するのだけれど、グラフを入れる枠
を予め文書内に作っておく。1-2-3で作ったグラフをプリント
アウトする。で、ワープロ文書の枠に合うようにハサミで
切り貼り!です。数字が間違ってたりしたらデータを修正
して再度プリントアウト。勿論ワープロ文書もね。
これはトホホですよ。信じられますぅ?
信じられないと思うけれど、これ現実だったね。
切り貼りの糊もヤマト糊じゃぁダメ。乾くとシワになるか
らね。プリットですね糊は。完成したら、これを原紙とし
て必要枚数をコピーしてたね。ホントに今では考えられ
ないほど神経と労力使ったね。

 資料作りも大変だったけれど、ほら、プログラムも
データもフロッピーでしょ。やっぱり遅い・・・。

でも、工場からハードディスクが来たんです。
CaravelleのSCSI-20Mbyte。
20Gbyteじゃぁないですよ。20メガバイトっす。
当時は1M1万円って時代ですから20Mbyteだと20万円
程度でしたね。高っ!

ハードディスクを使い始めて暫くしたらEPOACEも
DOS版が出てきました。なので9450にインストール
されていたプログラム一部をコンバージョンして
PC-286V+HDDで使ったり、新規の分析用プログラム
はDOS版で作ったりもしてました。

結局、暫くはEPOACEでお仕事してました。

このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/24

パソコンと私-4


【EPOACEというデータベースソフト】


   EPOACEは日本語で書くソフトであることは前に少しだけ書いた。
EPOACEは富士通と松下電器が出資して作ったパナファコムという
会社が開発したソフトである。詳しくは知らないが・・・。

しかし、今でもホントに素晴らしいソフトだと思うなぁ。
特に私などは英語力が殆ど無くてBASICやCで挫折したから
なおさらである。
プログラムを自動実行させる自動定義も入力画面内での
コントロールも印刷の書式定義も全て日本語で書ける。


自動実行を司る定義表は確か50行か52行だったと思う。
行数が足りなかったら定義表から次の定義表に行けるように
書けばいいのである。
例えばAの定義表からBへ渡すには・・・。
[@自動][@実行][B]。これを書いておけば良いのである。
また、プログラムの途中でBへ渡し、BからAに戻ることも
できる。

自動実行の定義表はデータベースの流を司るものなのだけれど
日本語で書かれているからデータベースの使用者にプログラムの
流れを説明する際も「説明書」として使うこともできるくらい
分かり易かったのである。

 EPOACEには自動実行の定義表以外に「画面定義」「帳票定義」
「更新定義」というのがある。
それぞれを簡単に説明すると・・・。
「画面定義」は入力画面内の各フィールドの属性(数値、文字)
や動きを定義するものである。
「帳票定義」は出力するデータフィールドをどこに印字するか
とか、何行繰り返すかなどを定義する。
「更新定義」は処理された内容を元となるデータベースに追加
したり、レコードの一部を書き換えたり削除したりすることを
定義する。
こんな感じですね。

データベースがあって、入力して、印刷して、データを追加
するという流れなら、全ての定義表を書く必要があるけれど
印刷もデータ更新も必要がなければ自動定義と画面定義だけを
書けば良い。

 このEPOACEを駆使して、当時のシステム部門と一緒になって
私の所属部署のシステム構築やデータ分析システムを随分沢山
作ったのだけれど、このことが後々の私の会社生活に大きな
プラス要因になるとは思ってもいなかったのである。

 今ではEPOACEに触れることもないのだけれど

EPOACE万歳! EPOACE様々!なのである。



このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/04/22

パソコンと私-3


【ビジネス用パソコン FACOM 9450シリーズとの出会い】


   なかなか時間というのはあるようで無いものである。
書き始めたブログも欲張って3つもカテゴリーがあるから書くのも
大変である。

 EPSONのPC-286シリーズやNECの98シリーズとの出会いを書い
てきたけれど、コンピュータとの出会いはもう少し前になる。

 パソコンという表現が正しいかは分からないけれど
「ビジネス用パソコン」の
FACOM 9450Ⅱとの出会いが最初である。
この9450Ⅱは1983年4月の発表だから私が出逢ったのはその翌年
の84年か85年頃だったと思う。
この9450は
9450Λ(ラムダ)9450Σ(シグマ)とシリーズが続く
のだが
感動もののマシンであった。

何に感動したかと言うと、全てである。
とにもかくにも、私がコンピュータというものに初めて出会い、
触れたのわけで感動しないわけがないのである。

 ハードウェアのスペックはよく覚えてはいないのだが、勿論
ハードディスクは当然内蔵されていたのである。
凄いのである。凄いのはそれだけではない。
値段も高いのである。当時はリースで使用していたので、
販売価格は知らないがリース料は5年で月に5万とか7万円だっ
と思うので値段は「うん百万円」はしていたとのだろう。

もうひとつ凄いのはソフトウェアである。
表計算やワープロ、グラフソフトがあったし、日本語表記で作成
できるデータベースソフトまであったのである。
名前はEPOCALC、EPOWORD、EPOGRAPH、EPOACEである。
これらをEPOCファミリーと呼んでいたのである。
コンピュータも触ったことがない私が、表計算を使ったのである。
ワープロも使ったのである。勿論グラフもである。
大感動であった。今のEXCELやWORDと比べれば非力ではあった
し、遅かったのも確かであった。だけれど、自身のキー入力も
遅いのだから当時は何ら問題はなかったのである。

それよりも感動したのは業務用アプリケーションを開発できる
EPOACEであった。これは画期的であった。
プログラム作成が日本語表記でできたのである。凄いことでは
なかろうか。今でも私は凄いと思っている。
まずは全体をコントロールする「自動実行」の定義表に
プログラムの流れを記述する。
詳細はもう覚えていないのだが、GO TO・・・・とは書かない。
「次行処理」とか「次項処理」と日本語で書くである。
データベースを参照する定義も「読込」などと書く。
入力用の画面内での流れの定義も
「条件 ××=△△ 次項処理・・・」などと書くから分かりやす
いし、あとからプログラムを見直すのも楽であった。
私は以前の会社で電算室(死語?)のサポートを受けながら
覚えることで自分が所属していた部署の受注や売上管理など
のプログラムを作ったりデータ分析用の
プログラムを作ったりバッチ処理なんかも行っていたのである。

これが私のコンピュータとの出会いであり
この出会いがあったお陰で
今もパソコンから離れられないのである。


このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/25

パソコンと私-2


【PC98互換機のEPSONマシン】


   自分自身が最初に購入したパソコンはNECのPC-9801CV21で
あると
前回書いたのだけれど、パソコンに初めて触れたのは
「EPSON PC-286V」だ。
EPSONは、PC-286シリーズをNECの98互換機として1987年に
華々しく世にデビューさせたのである。
価格も98シリーズと同等のスペックなら絶対少し安い。
PC-286VはCPUにインテルのi80286を採用していた。
フロッピーディスクドライブは5インチが2基。
ハードディスクは勿論無い。って言うかオプションで外付け
だったと思う。
私が自身のパソコンが欲しいと思わせた切っ掛けのPCである。
会社で一太郎やロータス1-2-3を使っていたら、どうしても
「自分のPCが欲しい」と思わせたのである。
そして、その翌年にお金も無いのにPC-9801CV21を分割払い
で買ってしまったのである。

 しかし、問題があった。
ソフトウエアである一太郎やロータス1-2-3が買えなかった
のである。高すぎて・・・。
一太郎は実売価格が5万円くらいだったかな?
ロータス1-2-3は9万円台だったはず。
時効と思うので言うが、会社が買ったソフトウエアをコピー
して家で使ったのである。違法である。間違いなく。
会社のパソコンに外付けで3.5インチドライブを接続して
フロッピーが5インチの一太郎と1-2-3を3.5インチへシャカ
シャカとコピーしたのである。
当時の一太郎は簡単にコピーすることができた。
しかし、1-2-3はキープロテクトがかかっていて簡単には
コピーできないのである。そこで秋葉原へLet's Go!
そう、コピーするための解析ソフトを購入しに行ったので
ある。名前は思い出せないが、確か2千円程度だったんじゃ
なかろうか。
そして、1-2-3も無事コピーすることができたのである。
メーカーさんゴメンナサイ!
当時のこんなことのお陰で、私のパソコンへの道が拓けた
のです。
会社ではすっかりMicrosoft一色なのでワードを使っている
が、一太郎は今でも自宅で使っているのである。
「一太郎2007」である。
勿論、今の私はジャストシステムの正規ユーザーである!

 ワープロソフトとしての一太郎は日本人の文書作成に
適していると今でも思っている。がしかし、日本語入力
システムのATOKはもっと素晴らしい!
日本語をよく熟知しているのである。
そして、MicrosoftのMS-IMEより賢いのである。
MS-IMEはしょっちゅう暴走するので入力中にモニターから
目が離せないことが多すぎるのである。
それに比べATOKは安心して入力できるのである。
私は、決してジャストシステムの回し者ではない。
また、過去に違法コピーしたことへの罪滅ぼしでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/18

パソコンと私-1


【初めて購入したパソコン NEC PC-9801CV21】


 私は何事も始めるのが奥手である。
パソコンもそのひとつだ。

   パソコンと出逢ったのは30代の前半である。
最初に購入したのはNECの9801CV21
発売は1988年。定価は355,000円だ。高い!
形はアップルが1984年に出したMacintoshによく似ている。
この9801CV21は当時はカッコもよくフロッピーディスクは
3.5インチとスマートであった。
記憶装置は無い。そうハードディスクなんていうものは
内蔵されていない。なのに355,000円である。
メモリだって640kByteである。
信じられない話ではあるが事実である。
当時の私の収入が幾らだったか忘れたが、当然分割払い
での購入である。それも36回、ボーナス併用だ。
支払いが終わるのに四苦八苦したのを覚えている。

 9801CV21は何に使ったか。
ワープロである。 それと、N88-BASICである。
プログラミングだ。
入力したコマンドは画面で見られるのだが、一々 プリント

アウトして間違いを探したものだ。
で、ものになったかというと・・・。×である。

そうそう、ドットインパクトのカラープリンターも一緒に
買ったのだった。印刷時の音は非常にうるさい。
前出のN88-BASICの長いプログラムなどを印刷しよう
ものなら、「ジーッ!ジーッ!」という音が部屋中に響き
五月蠅くてテレビなど見られたものではなかった。

 使ったワープロソフトは「一太郎Ver.3.0」だ。
プログラム本体と日本語入力システムのATOKは二つある

フロッピーディスクドライブの上に差し込んで使う。
データは下のドライブだ。
操作する度にドライブから「カシャカシャ」と音がする。

パソコンのフロッピーディスクドライブは上がA、下を
Bドライブと呼んでいた。
今のパソコンはフロッピーディスクドライブすら無いもの
が多くなってきたが、ドライブがあれば、それはAと
なっている。しかし、Bは無い。飛んでハードディスク
ドライブはCである。

どうも話に筋が無い気がするが許して欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)