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2008年6月に作成された記事

2008/06/29

サンドブラストしましょ!-017

ブラスト実践-その7 
     【ステンレスにブラストしてみる】


 このカテゴリー。なかなか進みません。
ほんと久々です。

ま、一応始めましょ。

 「ブラスト実践-その3」でアルミにガラスビーズで処理したことを
書きましたね。
で今度はステンレスの「美装梨地」。
処理手順はアルミの時と同じです。
ここで使った材料は、やはり会社のスクラップ。
材質はSUS304-2Bという一般的なステンレス材です。
[SUS304 2Bの美装梨地]

どうですか?
写真では分かりづらいのですが右端は素材のままの肌。
結構、油染みがありました。
なので、まずは下地処理。
下地処理は面倒がらずにやりましょうね。
汚れの程度によってはいきなりガラスビーズで「美装梨地」を
してもいいのですが、失敗しないためには下地処理をします。
下地処理にはアルミナの#100を使ってます。
圧縮空気の圧力は0.5MPa。定番ですね。
それが写真中央。その下にあるのが拡大したところです。

そして仕上げ!
写真左端がガラスビーズ#100で仕上げた肌です。圧力は0.3MPa。
光沢がでているので撮影が難しいですね。でもキレイですよ。

キレイに仕上げるには圧縮空気の圧力設定を低めにすることです。
そしてムラなく均一に当てることですね。
キレイに仕上がったかどうかの判断はガラスビーズの番手による
違いを把握しておくことですね。
#100ならこんな感じ。#40ならこんな感じって憶えておくことが大切
ですね。
砕けたガラスビーズが多くなってくると見た目が変わってきます。
一言で言うと「白っぽくなり光沢が無くなってきます」。
それと、表面に軍手などの毛羽が付くようであれば砕けたガラスが
当たっていると考えて下さい。

 ステンレスの「美装梨地」は色々なところで使われているようです。
あるPCメーカーのストアも、どうもそれらしいです。

 美装梨地には安価なガラスビーズを使うのがポピュラーですが

量産となると耐久性のあるステンレスビーズやセラミックビーズ

などを使う場合もあるようです。
これらの場合は圧縮空気の圧力を上げても問題は無いでしょうね。
しかし、気を付けなくてはならないのは「ビーズ」系の処理は「叩く」
効果がありますから、加工物が薄かったりした場合は、歪んだり反っ
たりしますので処理は慎重にしましょう。


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2008/06/16

検証・・・My Life-0012

「小学校高学年頃-3 卒業 そして 中学へ・・・その前に」

 今月11日(水)に伯父が亡くなった。満80才、腎不全だった。
3月には伯母が、今度は北海道にいる伯父である。
13日(金)にお通夜、14日(土)に告別式であった。
お世話になった人が結構いる俺だけれど、この伯父にも随分と
可愛がられ、お世話にもなったなぁ。この伯父は俺の父親のすぐ
上のお兄さん。父とも子供の頃から今日まで仲が良かったね。

一応、我が一族であるから伯父達が建てた先祖代々のお墓に
眠って貰おうと思ってるけどね。
でも困ったことに我が一族の継承は俺で終わり。
で、この度亡くなった伯父の子供は娘3人で皆嫁に行っている
し俺が逝っちゃったら墓がどうなるのかが心配なのである。

段々と自分の側にいる人たちが亡くなって行く。淋しいけれど
俺自身の年齢を考えれば仕方がない。順番というものである。

だけれど、心残りがあるのである。一族の長男が葬儀に出られな
かったのだ。年齢を考えれば、俺が強引に引き連れでもしない限
り動けなくて出られないと解釈も出来るけれど、どうも、理由は
そればかりではないような気がする。

この伯父は3月に亡くなった伯母の旦那。
伯母の遺骨を全て「散骨する」と決めたことについて、何故なの
かをハッキリ聞いた訳ではないので断定は出来ないけれど、何か
が引っかかっていたのだと思っている。だから、弟である北海道
の伯父の葬儀に出なかったのではと・・・。
しかし、これはあくまで俺の想像。
勿論、機会があったら今更ではあるが尋ねてみようとは思ってる
けれどね。

そんなことなものだから、俺の父親は一番上の兄ではあるけれど、
「もし自分より先に逝っても兄貴の葬儀には出ない」と言い始めた。
これは困るのである。喪主になるか施主になるかは分からないけれ
ど伯父には子供がいないから、多分、伯父の葬儀を行うことになっ
たら俺はそれなりの立場で式を務めなければならないはずだもの。
その時、が来たら説得するしかないのかなぁ。

色々考えることがあり気持ちが落ち着かないので、本テーマの本来
の書き込みは次回ということにしよう。


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2008/06/01

検証・・・My Life-0011

「小学校高学年頃-3  卒業 そして 中学へ」

 3月に亡くなった伯母の49日を4月20日(日)にA市の小さな
お寺で行った。質素である。
そして、5月25日(日)にH市沖合16kmの海上で散骨した。
伯母の遺骨は粉のように砕かれ、水に溶ける紙の袋に少しずつ
入れられていた。
当日は前日からの雨の影響で白波こそ無かったがうねりが酷い。
沖合まで具合悪くならないか心配ではあったが、ほんの少しだけ
気分が良くなかったが、何とか沖合に到着。クルーザーの手すり
につかまり散骨をした。目を閉じ暫く手を合わせていたいのだが
揺れて放り出されそうだったので合掌はほんの一瞬だった。
ゴメンナサイ叔母さん。


 さて本題である。

 小学校の頃の思い出って多分沢山あるのだろうけど、思い出せ
ないなぁ。嫌な思い出は結構思い出すのだけれど、楽しい思い出
は特に思い出せない。

5年だったか6年だったかは今一つ思い出せないのだけれど、
友人Sの目の前で父親に殴られ蹴られたことは嫌な思い出の一つ
として憶えている。自宅の玄関でである。
このことがあってからSは我が家に来ることがなくなった。
「お前の親父おっかねぇなぁ」って学校で言われたけどね。
口で言っても分からなければ手を挙げるのは我が家の教育方針
であって、殴られるても仕方のないことをしたのも分かっては
いたのだけれど、さすがに友人の目の前でやられたのには恥ずか
しかったね。

そう言えば、小学校4年生だったか5年生の時に「放送部」を
やってたっけ。放送室が好きだったんだなぁ。きっと。
リール式のテープレコーダーやアンプ、そして大きめのマイク。
確か取材なんかも行ったんだろうけど憶えてない。
憶えているのは、背も大きかったが顔の長いK君。同じ放送部
だったなぁ確か。う~ん。後はさっぱり思い浮かばない。

 「中学校に行ったら英語を頑張る!」なんて小学校の卒業文集
に書いた記憶がある。しかし手元にその文集が無いので、どんな
文面で、どの辺に英語のことを書いたかは定かではないが・・・。
でも、これからの世の中英語くらい話せなければっていう思いが
あったんだと思う。が、これは中学校へ入学してほんの少しで
挫折することとなる。この辺は中学校編で触れよう。

あ、それと中学校に行ったら小2の春に我が家の引越しによって
逢うことのできなくなった初恋相手のM・Iにも逢える!
「早く逢いたい!」・・・なぁ~んて思いながらワクワクしてた。

しかし挫折と幻滅が中学校では待っていたのである・・・。


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