パソコンと私-5
【EPOACEとのお別れ?】
このカテゴリーも久々の更新である。
中途半端じゃぁ何だから続きを書きましょ。
当時EPOACEを駆使して作ったのは部品の受注や売上処理と
伝票発行。それに在庫管理なんかも作ったね。
あぁ、あと歩留まりのいい板取や重量計算とかもね。データ
分析も当然行いました。
しかし、作成したプログラムがやっと起動に乗ったなぁって
頃に転勤。販売部隊へである。
そして営業だって言うからプログラムなんていじってられな
いっ!淋しい・・・。が、である。サッパリ営業に出ないの
であった。どういうこと?
先輩に付いて2~3度はお客さんとこへ行ったかな。
あと、たまたま電話に出たがために一人で営業にも行った。
うん確かに行きましたなぁ。だけれど、これだけである。
そうこうしている内に営業から外された。いや成績が悪かっ
たわけでも営業に向いてなかったわけでも無い!
言い訳じゃぁないよ。
あまり、営業に出ることも無く暇だったんでちょいと営業
実績の分析なんぞをEPOACEでやってた訳。
そしたら、役員が「君は工場でプログラム作ってたんか?凄
いな。よっしゃ、お前にはその方が向いとるがな。社長に
話したる」だってさ。
んで3ヶ月位経ってから新しいセクションが出来た。
そして転属。企画管理ってセクションだったかな?
部長、課長がそれぞれ一人。それと女子が一人。そして私。
仕事は販社内のEPOACEで処理されたデータを使っての分析。
勿論、プログラムの調子が悪ければサポートや修正も
したね。分析だけではなく、販社の予算管理もやりました。
それと、10数拠点ある支店や営業所から来た予算案を
まとめたりとかもしましたね。
1年半位はEPOACEにどっぷり浸かっちゃいましたね。
丁度そのころEPSONのPC-286Vが工場本体より送られて
きてね。ソフトも一緒にね。
ワープロは一太郎Ver.3.0、表計算はLotus1-2-3のR2.?だっ
たかな。勿論、システムもデータもフロッピーディスク
ですよ。「カシャカシャ」なんて音を立てながらプログラ
ムを読み、データを書き込む。う~ん素晴らしい!
EPOACEである程度集約したデータをプリントアウトして、
それを1-2-3に入力する。グラフも作る。
だけれど、この後が大変。
何が大変かというと、今のWindowsの世界のように文書は
ワード、データはEXCELで作って、それを相互に貼り付け
るなんてことが出来なかったんですね。この頃は。
資料づくりは、こんな感じ。
説明文は一太郎で作成するのだけれど、グラフを入れる枠
を予め文書内に作っておく。1-2-3で作ったグラフをプリント
アウトする。で、ワープロ文書の枠に合うようにハサミで
切り貼り!です。数字が間違ってたりしたらデータを修正
して再度プリントアウト。勿論ワープロ文書もね。
これはトホホですよ。信じられますぅ?
信じられないと思うけれど、これ現実だったね。
切り貼りの糊もヤマト糊じゃぁダメ。乾くとシワになるか
らね。プリットですね糊は。完成したら、これを原紙とし
て必要枚数をコピーしてたね。ホントに今では考えられ
ないほど神経と労力使ったね。
資料作りも大変だったけれど、ほら、プログラムも
データもフロッピーでしょ。やっぱり遅い・・・。
でも、工場からハードディスクが来たんです。
CaravelleのSCSI-20Mbyte。
20Gbyteじゃぁないですよ。20メガバイトっす。
当時は1M1万円って時代ですから20Mbyteだと20万円
程度でしたね。高っ!
ハードディスクを使い始めて暫くしたらEPOACEも
DOS版が出てきました。なので9450にインストール
されていたプログラムも一部をコンバージョンして
PC-286V+HDDで使ったり、新規の分析用プログラム
はDOS版で作ったりもしてました。
結局、暫くはEPOACEでお仕事してました。
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