2010/02/11

パソコンと私-7


【いよいよ独立! 1.お金がかかります】


このカテゴリー2年ぶりの更新です。

中身の薄い内容ですから
読んでいただいた方も何が書いてあったかなど
覚えている訳などありませんよね。

今日書いても、また暫く間が開くかも知れませんが
ご容赦下さい。


私が独立して仕事を始めたのは1999年の春頃。
独立と言っても個人商店です。そう、一匹狼!

[独立した頃の自室] 
                (自室にはWindowsとMacそして電話)

仕事柄、パソコンが無ければ話になりません。
元々、WindowsPCはありました。
とは言っても1996年6月に購入した
「GATEWAY 2000 P5-166」です。購入してから
既に3年ほど経っているマシンです。
OSはWindows95。
このマシンは約38万円程しました。
高いですよね。

このGATEWAYと一緒に購入したのがモニタ。
SONYのトリニトロンモニタ。
液晶ではなくCRTです。これも高かったです。


新たに用意したのがMacのG3
購入価格は忘れましたが、やはり高かったと
いう印象が残ってます。
Zipドライブ内蔵。今でも売ってるんですね。

その他で購入したのはスキャナ。
一つはフィルムスキャナで
NICONのCOOLSCAN IIIです。
実売62,800円。これはSCSI接続ですね。

当時のパソコンには、普通にSCSIのインター
フェースがあったのですが、現在
使用のPC
にはありません。SCSIボードを別途購入して
繋いでいます。ですが、今では繋がっている
というだけで殆ど使ってません。
外そうかなぁ・・・って見る度に思ってます。

もう一つはベット型のスキャナ。
EPSONのGT-5000WINSで、実売39,800円。

他にもプリンタを買い換えたり、ペンタブレットを
新規に購入したりもしました。

以上が開業のための七つ道具ですね。

今ではフィルムスキャナを除き、当時購入した
ものは影も形もありません。

仕事のメインと考えていたのはWebです。
具体的にはホームページ制作の請負

ホームページ制作は、自らのページを作った
という程度の経験 しかありませんでしたので
生業とするには自身の技量に一抹の不安が
ありました


そこで、基礎的なことを学ぶために、今では
大学になった某学校に半年ほど通いました。

授業料は80万円。毎日通う訳ではありません
でしたが「授業料、高いなぁ」と思いましたね。

とは言え、お陰で基礎的なこととは言え画像
処理やデザイン編集としてPhotoShopや
Illusutrator、それにFlash、
JavaScriptなどを
習得することができました。

また、DOSとWindowsにしか触れてこなかった
私が、Macに触れることもでき、それまでとは
異なることも習得できたのですから、得たこと
を考えると安い授業料だったでしょうね。

学校に通っていたとは言え、既に仕事は
していましたから、少ししんどかったですね。

余談ですが、載せてある画像を見て何か気づ
いていただいたでしょうか?
それは、キーボードとモニタが一つずつしか
ありません。狭いデスクなので、PC換太という
切替器を繋いで、キーで切り替えてをして
PCを使用していたんです。


結局、七つ道具と授業料などに
ザックリ150万円ほど投じました。

いずれにしても、独立して何かを始めるには
お金がかかるってことですね。


さて、七つ道具は用意できた訳ですが
果たして仕事は順調に?・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/02/09

検証・・・My Life-0014

「中学校編-2 素敵な中学ライフ? 先生を懐かしむ」

  ちょうど1年ぶりの書き込み。
ひどいねぇ。だから、最近はアクセスカウンターも横ばい(T_T)


そうそう、小学校の時お手々繋いで一緒に学校へ行っていた

M子と中学校で再会したってとこで終わってたんだよね。

無視されたというか、「あなたは誰?」「私に何の用?」ってな

感じでね。とにかくキョトンとしてたんだよなぁ。

まっ、再会するまでは「可愛くなってるんだろうな」とか「初恋

が発展して俺の彼女になってくれるかなぁ」なんて想像してい

たのだけれど

「あぁ、イメージが違うぅぅ・・・!」ってことで The end.

以後、M子と会話したことは殆ど無かったし、お手々繋い

も無かったね(ゴメン、M子)。


ってことで、M子とのことはオシマイ。


  中学校生活は楽しいこと、嫌なことが日々交差していたね。

小学校卒業の時、中学校では英語の授業があるので「英語

頑張ろう!」って意気込んでいた。英語が話せるってかっこ

いいじゃない? 覚えたら外人と喋れるのさ。って真面目に

思ったね。当時のM市には、あまり青い目の異人さんはいな

かったんだけれどさ。


しかし、英語の勉強はそんなに甘くは無かったね。って言うか

人のせいにするなら、英語教師の教え方が悪かったんだな。

その先生、今でも覚えているけれど・・・。

あれぇ?卒業アルバムに載ってないなぁ。


えぇぃ!言っちゃえ。その英語の先生、チビデブ! でド近眼

なのさ。そう、牛乳瓶の底のような眼鏡かけてたね。

教え方が悪くて、俺が英語をまともに勉強しなかったこととは

直接関係はないけれどね。

この先生、とにかくおっかなかった(怖かった)なぁ。

当然かも知れないけれど発音が悪かったりすると「違う!」って

大きな声を出してた。間違うと怒られるし、文法なんかも理解

していないと、もっと怒ってたね。


結局、「俺には英語は覚えられない」って、結構早い時期に

英語は嫌になっちゃったね。他にも英語の先生はいたんだけれ

ど、俺のクラスはこのチビデブ先生だった。

じゃあ、他の先生だったら英語をちゃんと覚えたかって言うと

そんなこともないなぁ。ん、やっぱり人のせいにしちゃいけない。

 今回は人の悪口だけを書いちゃったなぁ。

M子、英語の先生ゴメンナサイm(_ _)m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/02/08

検証・・・My Life-0013

「中学校編-1 素敵な中学ライフ?」

7ヵ月ぶりの書き込み。
ちょっと間が開きすぎだねぇ。

無事C小学校を卒業して(当たり前か?)ワクワク、ドキドキ

しながら、いざ中学校へ!
が、しかし、
俺を待ち構えていたのは絶望の中学校生活だった?!
ちょっと大げさかな・・・。

中学校の正門までは、我が家から徒歩約3分。
が、これは登校の時の話。下校は約5分くらいかかる。
この時間差は家から学校への道が急な坂道だからである。
検証・・・My Life0005
まだ、12才程度の俺でも、我が家めがけて帰り道を一気に
我が家へ向かった時は息切れがするほどであった。
これは決して大げさではないのさ。

通っていたのはS中。今は統廃合の末、学校名も無くなって
いるはず・・・。寂しい限りである。

中学校の真向かいには「B富士」という富士山にそっくりな
山がある。小学校、中学校何れの校歌にも名前が入るほど
の山である。
「♪・・・仰ぐもうれしB富士」:小学校校歌
「♪その名ゆかしきB富士・・・」:中学校校歌

名前からくるイメージは素敵だが、この山は砂利採石のた
め日々ハッパ(ダイナマイト)で削り取られていた。
学校の授業中にもハッパの音は響き渡る。
この「B富士」。標高は162m(昔はもっとあったはず)。

1969年頃
(1969年頃のB富士・・・中学校の卒業アルバムより)

今では、「富士」と言えるような雄姿の面影もなく、これが
かつてのB富士?って思うほどにまで削り取られてしまっ
ている。小学校、中学校の校歌にも名前が刻まれていた
のだけれどなぁ。これもまた残念で寂しい限りである。
2007年頃

(2007年のB富士・・・帰省の際に撮影)

入学式の事はあまり憶えていないな。
1年生の頃のクラスは10クラスほどあったと思う。
が、卒業アルバムにある3年生のクラスは7クラスだから
記憶違いかも知れない。
でも一クラス40人ちょっとで7クラスだから、最近の学校
と比較すると生徒数は多かったね。

そうそう、入学式の時は初恋の子のM子はどこかなぁっ
て捜した。でも、小学校1~2年のイメージが脳裏に焼き
付いていたものだから、捜すのに随分と右往左往したね。
結果としては見つけることは出来たのだけれど、辿り着
くまでに何度もすれ違っていたようだ。

そりゃ、そうだよ。
小学校1年の頃のM子の顔やシルエット脳裏に焼き付い
ていた訳で、それを頼りに捜していたのだもの。
すれ違ったって判るはずもない。
で、誰かに「M子はどこ?」って聞いて教えて貰ったんだ
けれど、顔を見て「?!?!」。
それも、さっきから何度もすれ違っていた子だったなんて
なぁ。
正直、かなりのイメージダウン(T_T)。

でも、一応声はかけたな確か。
だけれどM子の方は、俺みたいにずーっと思っていたの
ではなかったらしく、声をかけたらキョトンとしていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/07/26

サンドブラストしましょ!-018

ブラスト実践-その8 【Zippoへのブラスト】


 Zippoファンなら、自身のZippoに名入れなどを施した

ものを持っている方も多いと思います。

Zippoへの名入れなどで最も多いのはレーザー刻印ですね。

中にはサンドブラストで名入れしたものもあります。

ご自身でも勿論できます。

手順は、このカテゴリの010 ブラスト実践-その4

【お遊び:Zippoの灰皿にGODZILLAを!】 と同様です。

ただしブラストする時間は極力短めに抑えましょう。

と言うのも、ブラスト時間が長くなるとケースが固く

なります。

そのため、ケースを閉じる時の音が鈍くなります。

「カシャーン!」という音が「カシャッ!」とか

「カチッ!」とかになってしまいます。

これは「ピーニング(叩く)」効果といい、叩くほど

金属は固くなります。

私は、やはり「カシャーン!」って音のするのが好き

ですので、軽めにブラストします。

真鍮がベースのものも注意が必要ですね。

真鍮の場合、ほとんどがメッキ処理されていますので

真鍮の肌を出したくないのであれば、やはり軽めに

ブラストします。

肌が露出すると、空気に触れ酸化して黒くなります。

ま、これも「アジ」ということであれば構いません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/29

サンドブラストしましょ!-017

ブラスト実践-その7 
     【ステンレスにブラストしてみる】


 このカテゴリー。なかなか進みません。
ほんと久々です。

ま、一応始めましょ。

 「ブラスト実践-その3」でアルミにガラスビーズで処理したことを
書きましたね。
で今度はステンレスの「美装梨地」。
処理手順はアルミの時と同じです。
ここで使った材料は、やはり会社のスクラップ。
材質はSUS304-2Bという一般的なステンレス材です。
[SUS304 2Bの美装梨地]

どうですか?
写真では分かりづらいのですが右端は素材のままの肌。
結構、油染みがありました。
なので、まずは下地処理。
下地処理は面倒がらずにやりましょうね。
汚れの程度によってはいきなりガラスビーズで「美装梨地」を
してもいいのですが、失敗しないためには下地処理をします。
下地処理にはアルミナの#100を使ってます。
圧縮空気の圧力は0.5MPa。定番ですね。
それが写真中央。その下にあるのが拡大したところです。

そして仕上げ!
写真左端がガラスビーズ#100で仕上げた肌です。圧力は0.3MPa。
光沢がでているので撮影が難しいですね。でもキレイですよ。

キレイに仕上げるには圧縮空気の圧力設定を低めにすることです。
そしてムラなく均一に当てることですね。
キレイに仕上がったかどうかの判断はガラスビーズの番手による
違いを把握しておくことですね。
#100ならこんな感じ。#40ならこんな感じって憶えておくことが大切
ですね。
砕けたガラスビーズが多くなってくると見た目が変わってきます。
一言で言うと「白っぽくなり光沢が無くなってきます」。
それと、表面に軍手などの毛羽が付くようであれば砕けたガラスが
当たっていると考えて下さい。

 ステンレスの「美装梨地」は色々なところで使われているようです。
あるPCメーカーのストアも、どうもそれらしいです。

 美装梨地には安価なガラスビーズを使うのがポピュラーですが

量産となると耐久性のあるステンレスビーズやセラミックビーズ

などを使う場合もあるようです。
これらの場合は圧縮空気の圧力を上げても問題は無いでしょうね。
しかし、気を付けなくてはならないのは「ビーズ」系の処理は「叩く」
効果がありますから、加工物が薄かったりした場合は、歪んだり反っ
たりしますので処理は慎重にしましょう。


このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«検証・・・My Life-0012